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熊本家庭裁判所 昭和38年(家)780号 審判 1964年3月31日

申立人 大津町

右代表者町長 坂本篤美

被相続人 亡野口トミエ(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

申立人は申立の趣旨として、被相続人亡野口トミエの相続財産である

記号 い号〇一一五八七号

額面 二万八、〇〇〇円

昭和二二年六月一日発行

債権額

元金二万二、九五五円

利子 六、六二一円

計 二万九、五七六円

の引揚者国庫債券を申立人に与える旨の審判を求め、申立の実情として、

一、被相続人は昭和三五年四月三〇日大津町養老院において死亡したが同人には相続人たるべき配偶者、子、親、きようだいの何れも存在しなかつた。

被相続人は唯一の相続財産として上記引揚者国庫債券を有していたので熊本家庭裁判所により昭和三六年五月二六日大津町養老院長であつた合志法竜が相続財産管理人に選任され、(同庁昭和三六年家第二一七号事件)同人は同年一一月一日相続債権者、受遺者に対する請求申出の公告をしたが申出がなかつたので更に同裁判所に申出(昭和三七年家第一一一号事件)同裁判所は昭和三七年四月二〇日官報に掲載して相続権主張の催告をしたが期間満了する昭和三八年五月三〇日まで相続人の申出はなかつた。

その後養老院長の交替により上記合志法竜が相続財産管理人を辞任したので新たに現院長である姫野勇が相続財産管理人に選任され、現に管理中である。

二、被相続人終焉の地である大津町養老院は申立人が生活保護法第四〇条の規定による保護施設として大津町養老院設置条例に基き昭和三五年四月一日から設置し申立人において管理しているもので被相続人は開設と同時に入院しその際既に胃潰瘍を患つていたので入院後は殆んど病臥し、常時療養看護を要する状態で同月二八日吐血し、同月三〇日死亡に至るまで養老院としてはその療養看護に努め、死亡後は火葬、葬儀一切を行い年二回合同供養を行つている。

被相続人は長く申立人地区の住民であつたものであり、上記の様な縁故関係があるので本件相続財産の分与を求める。

というのである。

当庁昭和三六年家第二一七号相続人不存在による財産管理人選任事件、同昭和三七年家第一一一号相続人申出の公告事件の各記録、被相続人の除籍及び同人の亡父野口授の改製原戸籍の各謄本、当庁調査官田上八雲の調査の結果を綜合すると申立人主張の様な実情及び法定期間内に本件が申立てられていることが認められる。

よつて判断するのに、民法第九五八条の三にいわゆる被相続人の特別縁故者として自然人の他に法人を含むかについてはこれを肯定的に考えるものであるか、更にその法人の中に本件申立人の様な地方公共団体を含むと解することができるかは疑問の存するところである。

しかしこれを排除する積極的理由に乏しく却つて市町村の様な地方公共団体と住民との密接な関係特に近来公的扶助制度の充実に伴い、地方公共団体は国と共に最後の扶養義務者たる地位に立つことの多いことを考えるならむしろ市町村にもその主体たり得る地位を認める方が合目的的であると考えられ、又その方が一般的に死者の意思にも合致する所以ではないかと考えるので一応これを積極に解するものである。但し法規の趣旨に徴し特別縁故の範囲で厳格にしぼられると考える。

そこで更に進んで本件の相続財産について検討すると、被相続人野口トミエの有していた引揚者国庫債券は引揚者給付金等支給法第五条第一項、同法第一四条の規定に基く国債であるところ、同法第一四条第三項により同国債については政令で定める場合を除くほか譲渡、担保権の設定その他の処分が禁じられており、同法施行令第二条によると国に譲渡する場合を除いては譲渡が禁じられていることが明らかである。

相続財産分与の制度は元来国庫に帰属すべき相続財産について帰属の直前において国から分与するという形をとつているものでその性質は無償譲渡であり法に基く譲渡禁止の規定の適用を受けるべきこと論をまたないところである。

よつて本件相続財産を申立人に分与することはできないのでその申立を却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 土井博子)

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